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自己紹介

ハンドルネーム
1.ジーコ:本名が浩司(コージの反対)。オフ会に行くと「サッカーやってないんですか」と聞かれてしまう。
2.コッヒー:本名が浩司(コージの反対)をもじったわけでもなんでもなく、単なる「小比類巻かおる」のファンだから。
*「Hold on me」と「Together」だけで20数年やっちゃうのはすごい。
でも中村あゆみ(翼の折れたエンジェル)、山下久美子(赤道小町ドキッ)も同じか。
3.ハンクス:トム・ハンクスと同じ1956年生まれ。年が同じだけで何も勝っているものはない。
ただ1つ、髪の毛の量かな。
以上3つを使い分けてます。
略歴
本名:井出 浩司
出身地:東京都杉並区
1980年,千葉大学法経学部卒業→日本電気(株)入社
それ以後は、以下を参照してください。(大学の同窓会報に寄稿した文章)
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ひょんな事から東京と千葉を間違えて千葉大に入学したのが昭和51年。
(東大と千葉大間違えたのではありません。大学別過去*年入学試験うんぬんを買い間違えました)
杉並生まれの練馬育ちの私が、千葉大入学を機に、どんどんと千葉にのめりこんで34年がたちました。
入学からかずえて4年後、SONYとNECの違いも分からずNECに入社、
当時はコンピュータの事を情報処理と言っており、情報処理という言葉の意味を理解できず
コンピュータプログラマに。
運動不足解消に本社の8階まで毎朝階段を駆け上がっていたらに役員に
「君は好青年」となぜか気に入られ、
あれよあれとと見合い話の山。(今考えると半分は婿養子。私次男です)
「これなら社長だよ。」という甘言に乗せられホイホイとNECを辞め印刷会社のオーナー社長の一人娘と
養子縁組し結婚。
そのうち社長だい、と単純に喜んでいたら3年で返品。
新潟の護国神社の神主、東京の斉藤神父の前での永久に愛する云々の誓いは
ただのセレモニーでなんら拘束力を持たないことを痛感。
今更NECにも戻れないし、唯一残ったプログラムが書ける、というスキルを信じ
起業したのが千葉大学入学から18年後。
両国に事務所を構え、NEC時代の縁を頼りひたすらプログラムに固執。
みじめったらしく下請け一筋に徹していた時、父から
「バブル時7千7百万で父が買った茂原の100坪の土地がもったいない。
住んじまったらどうだ」との御託宣。
住む分には、と事務所を両国に残したまま茂原に。
事務所から20分の秋葉で愛読書「月刊WindowsServer」が3日で売り切れるのに
茂原一のTSUTAYAでは一ケ月同紙が3冊いつでも買える状態。
茂原ならわが社は一番、と事務所も移す決断に数時間かけ職住とも茂原に。
9.11と同じころ「景気が悪いんじゃなくて、ここにはニーズがない」と気ずく。
それから東京・千葉市を中心に営業。私のスキル必要とする規模の会社は千葉市から東京寄り、と判明。
千葉県庁の先輩はじめ官公庁に営業するも微細企業がはいる余地なし。
悪戦苦闘を繰り返している内に2009/10に大学の先輩から電話。
—-確か定年したはずだが?注文の話ではないな・・・—。
と母校法経学部のサイト作成との事。もちろんお手の物。
さらにコンテンツは同窓会報が電子データであり「ちょろいじゃん」と思ったら落とし穴がドンドン。
そもそも本体の大学本体のサーバからのリンクが私のサイトに貼ってくれない。
誰が管理してるのか不明でメール出しまくり。
民間の企業だとちょっと信じられないかな。
11月から始めて6月に学部のパソコン達人といわれている先生から
千葉大学SNS(Curio)のAdministoratorのご指名の栄誉を浴びる。
2010/7/10の同窓会総会の前に大学のサイトのチェック→
な、なんとしっかり同窓会のリンクが私の作ったサイトに。
長かった8か月の苦労が報われた瞬間。
誰が、いつリンクを貼りかえてくれたか考えるのは止めようと決意。
その方がすぐやってくれれば数々の無駄になった仕掛けが・・・・。
プロなんで仕掛けの中身紹介。
1ST:「法経学部」で大手検索エンジンのトップをすべて制覇。
2nd:「法経学部 同窓会」で大手検索エンジンのトップをすべて制覇。
(千葉のチの字も入れずトップ、この意味わかるかな)
3rd:「包茎学部」で大手検索エンジンのトップをすべてキャンセル
(クローラロボットがいうこときかずに苦労ら—業界では使い古されたオヤジギャグ)。
このリンクを期に同窓会報編集の先輩からサイトのヒットを増やす為の呼びかけを兼ねて原稿依頼が。
「大手検索エンジンのトップをとる方法」サイトに1週間だけアップします。いつかは言いません。
毎日サイトチェックしてください。http://chiba-u-le-dousou.jp/
このブログについて
このブログは、2009.9.9に
「ママノガイゴ」という、認知症の母を引き取った介護日記から始まりました。
seesaaで開設し、200インプレッション/日位だったでしょうか。
タイトルが「ママノカイゴ」と介護がカイゴとカタカナだったのが、SEO的にはニッチだったのでしょうか。
「ママノガイゴ」は2011.6まで700投稿を超えました。
この間、父が癌でなくなり、私が心筋梗塞で死の淵から生還し、といったように、
カテゴリーが増え、ストーリー性をブログ自体が帯びてきました。
ただ、母が2011.4.16に亡くなり、最大のコンテンツを失いました。
これを機に、私の本来の仕事であるプログラム屋のコンテンツを追加し、
今迄のように徹夜でプログラム書く、といったことも心筋梗塞発症以降できず、
私自身の仕事の上での新分野の開拓、といったコンテンツも加えることとしました。
同時に、独自ドメインへの移行も行いました。
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